2007年12月20日木曜日

歌舞伎浄化作戦:日経SAFETYJAPAN引用

かつては暴力団と違法風俗店で荒れていた新宿・歌舞伎町が立ち直り始め、健全
さを取り戻しつつある。
この歌舞伎浄化作戦の一翼を担ったのが竹花元東京都副知事と中山新宿区長だっ
た。
誰もが無理だと思った困難に立ち向かい、地域の人たちの力を呼び起こして、治
安を取り戻していくまでの戦いの記録を振り返る。
なお、本記事は、危機管理産業展(RISCON TOKYO)2007において行われた危機管
理セミナーの内容に基づいて、日経BP社が独自に抜粋、編集したものである。


文/吉村克己、写真/小久保松直
2007年12月17日

「重大な危機を迎えた日米同盟」はこちら >>
松下電器産業参与・前警察庁生活安全局長・元東京都副知事 竹花豊氏
竹花
 わたしは平成15(2003)年6月に東京都副知事として招かれて、東京の治安再
生に力を尽くしてきました。特に、新宿歌舞伎町は暴力団に加えて中国マフィア
まで入り込み、とても危険な状態でした。

 そこで、治安再生の大きな柱の一つとして歌舞伎町を安全な町にしようと考え
たのです。うまくいけば、日本の治安再生の象徴になる。それは、警察庁も警視
庁も政府も同じ思いでした。

 当時の歌舞伎町はわたしも驚くほどで、視察すると、道路にはごみが散乱し、
風俗店の置き看板があふれ、客引きがうようよといて、歩くのが恐いほどでした

 しかも暴力団が週に2、3回地回りに来る。これは聞きしにまさる地だと思っ
たものです。

中山
 わたしが新宿区長になったのが平成14(2002)年11月です。そのときの区長と
しての課題は明確でした。少子高齢化への対応とまちづくり。特に歌舞伎町のイ
メージが新宿のイメージを作っています。その再生が急務でした。

 その歌舞伎町を変えるために、竹花さんが治安担当副知事として着任された。
その結果、歌舞伎町は大きく変わりました。竹花さんはわたしどもにとって力強
い味方であり、パートナーでした。


町の徹底した掃除から始めた
竹花
 確かに歌舞伎町はよくなりましたね。いまはさらによくなりつつある。もちろ
ん、わたしたちが歌舞伎町を変えたということではなく、商店街や住民、警察な
ど多くのみなさんの力によって変わり、いまもそれが続いています。

 わたしが着任するとき、石原東京都知事からこう言われました。

「竹花さん、あなたは治安のプロだろう。わたしの仕事はあんたをここに連れて
きたことだ。あなたの思うようにやってくれ」

 こう言われた以上、やらねば男がすたると思いました。しかし、そのときのわ
たしは警察官でもないので、警察に頼るわけにはいきません。そこで、歌舞伎町
の問題ではまず二つのことから始めようと思いました。一つは町の掃除、もう一
つはJR新宿駅東口を出た左側にあるホストの看板の撤去です。

 わたしが広島県警の本部長時代、暴走族の若者と一緒にトイレ掃除をして彼ら
を更生させる活動をしていた「日本を美しくする会」のメンバーが副知事着任の
ときに電報をくれて、「全面的に支援する」と言ってくれたのです。

 そこで、「日本を美しくする会」の力を借りて、歌舞伎町を徹底的にきれいに
しようと考えました。道路のごみ拾いだけでなく、くっついたガムをはがし、排
水溝にまで手を突っ込んで掃除してもらったのです。

 月に1回、全国から150〜160人ものメンバーが集まってくれて、早朝から掃除
をするわけです。わたしも区長も一緒にやりました。地域の人たちも最初は驚い
ていましたが、放ってはおけないということで、水曜の午後3時から地元のみな
さんも掃除するようになったのです。

 すると見違えるようにきれいになる。これはひょっとしたら、町が変わるのじ
ゃないかとみんなも思い始めたのです。

 もう一つの東口の看板ですが、当時、ホストの顔写真がずらりと並んでいて、
わたしはびっくりしました。ホスト全員が悪いとはいえませんが、中には女子・
少年をだますような悪い奴もいる。そのホストの看板が新宿駅の玄関にあるのは
いけないと思ったのです。

変化を形で見せることが大切
中山
 「日本を美しくする会」のみなさんには本当にお世話になりました。彼らは出
勤前の朝早い時間に来て、掃除をした後、仕事に戻るのですから頭が下がります

 新宿駅東口から歌舞伎町までは四つの商店街振興組合があるのですが、みなさ
んにお知らせすると、役員さんたちは掃除に参加してくれましたが、夜が遅い街
ということもあり、一般の人たちは体制がとれませんでした。

 しかし、町が見違えるようにきれいになると、地元のみなさんも関心を持ち始
めるようになり、区の職員も一緒に毎週水曜日午後3時から掃除をすることにな
りました。

 同時に、目のやり場に困るような路上の置き看板を撤去するために警察と連携
して徹底指導したところ、200以上あった看板を自主的に店が片づけ、撤去は7件
ですみました。また、1000台あった放置自転車も自転車の置ける区画を設け、撤
去しました。

 こうしたクリーン作戦を効果的に行うため、期間を6カ月と決めて実行し、現
在はその第6弾を行っています。徹底してやることが重要です。

 いまでは東口商店街の人たちは「東京ブギウギ」に引っかけて「お掃除ブギウ
ギ」という曲を作り、毎日、音楽をかけて掃除をしています。

新宿区長 中山弘子氏

 ホストの看板に関しては、以前から関係者に撤去の働きかけをしていたのです
が、なかなかうまくいきませんでした。やはり、本気になって覚悟して取り組ま
ないとダメだということを竹花さんに教えていただきました。

 変化が形に見える、やれば変わることをみんなで実感できることが大事で、町
の人たちがこの町をこう変えたいと思うきっかけを作ってくれたのがホスト看板
の撤去でした。裁判をしたり、いろいろと大変でしたが、やってよかったですね

竹花
 実はあの看板を設置していたのは戦後、東口でヤミ市を仕切っていたテキ屋だ
ったんです。それを撤去させるのですから、訴訟も含めて覚悟が必要でした。

 何とか撤去できて、その後、東口にある歯科医院の先生が「実はホストの看板
を見ながら治療をするのが嫌でたまらなかったが、それがなくなって町が変わる
気がした」とおっしゃったと聞きました。


防弾チョッキを着る覚悟が必要
中山
 歌舞伎町は、戦後、焼け跡から地元の人々が歌舞伎劇場の誘致をはじめとした
健全な娯楽の町として「道義的繁華街」の建設を目指して出来た町です。そのリ
ーダーが当時、町会長だった鈴木喜兵衛さんです。戦後の混乱期の中で苦労と努
力の末、昭和30年代には劇場街も整備されました。

 ところが、昭和50年代に入るとその志とは裏腹に、風俗店が進出するようにな
り、猖獗(しょうけつ)をきわめ、新風営法改正につながっていきます。区とし
ても区役所に図書館を置いて、法律上、その周辺で風俗店が営業できないように
するなど、あの手この手を打ってきましたが、なかなか決め手はありませんでし
た。

 そのような中で、平成13(2001)年9月に歌舞伎町の雑居ビルで火災が起き、44
人も亡くなる事故が起きました。町の人たちも歌舞伎町をこれ以上、危険な町に
してはいけない、何とかしようと動き出していた時期でした。

 そのような中で竹花さんが副知事におなりになり、平成16(2004)年1月に歌
舞伎町商店街振興組合の人たちと話し合いの場を持ちました。事前にわたしが組
合のみなさんに話をしたときは、「歌舞伎町が変わるはずがない」「警察だって
最後は逃げる」とあきらめムードでしたが、竹花さんをこの場に呼んで来るとい
うと、それじゃ話し合おうかということになったのです。

 あの話し合いがその後の活動の大きなきっかけになったと思います。竹花さん
は組合員の前で「みなさんも歌舞伎町がこうなることに加担してきたのだから、
変えるには覚悟がいる。最後は防弾チョッキを着ますか?」とおっしゃいました
ね。

松下電器産業参与・前警察庁生活安全局長・元東京都副知事 竹花豊氏
竹花
 地域の人がたくさん集まって、会場はぎっしりでした。あの激論は思い出しま
すよ。みなさんはわたしや警察に何をしてほしいのかと聞くと、「危険な町と思
われたくない。だから、暴力団の地回り、暴力団関係と思われる車の違法駐車、
そして客引きの三つをやめさせてほしい」とおっしゃいました。

 それはわたしも同感で、警視庁とも相談し客引きなどの対策については東京都
の迷惑防止条例などの改正準備も進めていたのです。違法駐車の問題は新宿署が
工夫して車線を狭めて、駐車できないようにしたと聞きました。

 わたしはみなさんの要望を了解した上で、逆にこう問いかけました。

「問題は暴力団がこの町を牛耳っていることです。200を超える組事務所がこの町
にあり、2000人もの組員がここで生活している。彼らが生きられるのは、みなさ
んの仲間がみかじめ料を払っているからではないですか。その不払いに取り組ま
なければ、彼らは町を去らないでしょう。しかし、不払いを本気ですれば、血を
見るかもしれません。その覚悟はありますか」

 この問題はもちろん、歌舞伎町だけではありません。北九州も名古屋も暴力団
が牛耳っています。その後、歌舞伎町では本気でみかじめ料不払いに取り組み、
平成18(2006)年12月には「みかじめ料等不払い宣言大会」を開くことになりま
す。

 このときの話し合いが、新宿一帯のみなさんが暴力団一掃に取り組むきっかけ
になりましたね。やはり本気が大切なんです。

風俗店退去後の空き室対策も
中山
 平成17(2005)年1月には「歌舞伎町ルネッサンス推進協議会」が発足しまし
た。設立の目的は「犯罪インフラの除去と環境美化」「歌舞伎町からの大衆文化
の創造と発信」「健全で魅力あふれるまちづくり」です。

 大衆文化、大衆娯楽の発信こそが歌舞伎町のDNAですから、地元の人たちを真ん
中に、新たなまちづくりが必要だと思ったのです。

 違法な風俗店対策として、そこで働く不法滞在者たちの摘発を徹底的に行いま
した。東京入国管理局が歌舞伎町に出張所を設置し、そこを拠点に摘発を進めま
した。

 違法風俗店、賭博、不法滞在者の取締りを強化したことで、店が撤退し、ビル
に空き室が目立つようになりました。そうなると、空き室対策が必要になり、地
域の文化や産業などに即した店子を誘致し、育成する「喜兵衛プロジェクト」を
立ち上げました。わたしたちが平成の喜兵衛になろうということですね。

竹花
 違法風俗店対策は重要です。実はわたしが警視庁の生活安全部長時代に何度も
摘発をしましたが、つぶしてもまたすぐに別の違法な店が出てくるので、結果的
に減らないのです。

 どうしたらいいかと頭を悩ませていたら、新宿警察署長が風俗店に部屋を貸し
ているビルオーナーがそもそもいけないのだから、協力してもらうべきだと言い
出して、それはいいアイデアだということになったのです。

 しかし、違法風俗店は一般のテナントより高い家賃を払っているので、オーナ
ーにとっては経済的にはありがたい存在なのです。そこで、新宿署は3件ほど違
法風俗営業の共犯としてビルオーナーを摘発しました。

 そのうち、なだれを打つようにオーナーたちが協力してくれるようになり、窓
に白い紙を張った空き室がどんどん増えてきた。週刊誌などには、歌舞伎町のピ
ンクの灯が消えたと書かれたものです。消えるだけではまずいので、喜兵衛プロ
ジェクトをやろうということになったのです。


「家守事業」で吉本興業を誘致
新宿区長 中山弘子氏
中山
 新しい担い手(店子)を呼ぶことはなかなか難しいことでした。家賃が高いし
、風俗の後にはみな入りたがらない。

 わたしたちとしては、大衆文化を消費するだけでなく、文化を企画・制作でき
るような場を歌舞伎町につくりたいと思っていました。映画、映像、演劇、ファ
ッションなどの制作工房だけでなく、人材を育てる学校も作りたい。

 江戸時代には地主に代わって宅地内の諸事を差配する家守(やもり)という職
業がありました。家守は、地主の資産管理者として、賃料を確実に得るため店子
の選定から起業育成、町全体のマネジメントまで担っていました。わたしたちも
この家守の現代版をやろうということで、喜兵衛プロジェクト「家守事業」を立
ち上げました。

 この家守事業の第1号が、新宿の情報を映像で配信しているインターネットTV
「新宿放送局」です。そして、来年4月には歌舞伎町のすぐ隣にある旧四谷第五
小学校に吉本興業を誘致し、東京本部に生まれ変わります。

 障害者の就労支援の場として、地方物産を販売するアンテナショップ「ふらっ
と新宿」というお店もオープンしました。障害者も歌舞伎町で働ける、まちのイ
メージを変える、そういった取り組みもしています。

 また、コマ劇場の前の広場を中心に建ち並ぶ何軒もの映画館を「歌舞伎町シネ
シティ」と名付け、15スクリーン、約8000席の巨大シネコンとして、共通のサー
ビスを提供したり、映画イベントなどを行っています。

 11月23日からは東京国際シネシティフェスティバルを開催し、一般公開に先駆
けた最新映画の上映や、世界のCMの放映や、フリーライブなどを開催しました。

 歌舞伎町は健全な大衆文化、大衆娯楽の発信地として、民の力で育てていって
もらいたいと思いますし、歌舞伎町は鈴木喜兵衛さん以来、それが町のDNAになっ
ているのです。

竹花
 これまで歌舞伎町に顔を見せたことがなかったような人たちも最近はやって来
るようになったそうですね。

中山
 コマ劇場前の広場はかつてはワンカップを片手にした酔っぱらいや、ホームレ
スが集まっていましたが、グリーンバードというNPO団体の若い人たちやお年寄り
が掃除をやってくれて、蘇りました。この広場で365日、イベントを開催するイベ
ントカレンダーをもちたいと思っています。


映画館街の再開発も始動
竹花
 歌舞伎町ルネッサンス推進協議会ができたとき、町の人たちが同時に暴力団排
除協議会も作ったんです。そこで、わたしは「○月×日をもって、暴力団にみか
じめ料を払わない」と宣言して、暴力団問題に決着をつけましょうと話しました
。  宣言に参加する人たちを1000人作り、それを周囲がサポートする。ただし、
「これをいったんやると仲間を裏切ることはできませんよ」と話しました。

 そうしたら、本当に1300人が集まって、先ほど述べたようにみかじめ料不払い
宣言を平成18年12月に実行したのです。成功すれば、暴力団の組事務所や組員の
数などに必ず成果が表れるはずです。わたしはこれからもこの勇気ある人たちを
支えようと思っています。警察も支援を惜しまないでしょう。

 ところで、区長にお願いをしたいのは、コマ劇場周辺の建物を一新してもらい
たい。コマ劇場の建て替えもあるそうですから、それを機に文化があふれる建物
群にしてもらいたいですね。

中山
 劇場前の広場を中心としたあの地域では地権者4社が集まって、再開発の動き
が始まっています。広場は区の持ち物なので、区もかかわり合いながら、歌舞伎
町の顔となるような場所に変えていきたいと思っています。

<会場からの質疑応答>

Q 中山区長におうかがいしたいのは、暴力団をはじめ、ダーティービジネスの
関係者から区長や職員に脅迫などはありませんでしたか。竹花さんにおうかがい
したいのは、歌舞伎町から去ったダーティービジネスはどこに行ったのでしょう
か。

中山
 いまも十分に注意していますが、特に脅迫などはありませんでした。

竹花
 錦糸町や神田に流れたという話も聞いたことはありますが、まずは歌舞伎町で
しっかりと戦うことが大切です。彼らも簡単にもうからなければ、続けていても
仕方ないと思うし、実際にそういう人たちも出てきた。各地の繁華街で同じよう
な取り組みをすることが根本的な解決につながると思います。

Q 何かを変えようとするときに、リーダーとしてどのように人々を巻き込んで
いけばいいのでしょうか。

中山
 竹花さんが最初におっしゃった「本気でやる」以外にはないと思います。人は
人をちゃんと見ているものです。行政はとかく、いろいろな利害関係者の中で、
腰が引けやすいものですが、一度足を突っ込んだら、もう後には引けない。覚悟
を決めてやるしかありません。そうして、志を共有する人をどれだけ増やせるか
。不安を受け止めながら、ねばり強く続けるしかないでしょう。

竹花
 わたしが書いた『子どもたちを救おう』(幻冬舎)という本を読んでいただけ
るとありがたいですが、わたし自身に高邁(こうまい)な思想や理念があるわけ
ではありません。ただ、人に後ろ指を指されないように、自分が与えられた立場
を汚さない。そのためにリスクを恐れずに本気で取り組む。それしかありません


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